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広島高等裁判所 昭和27年(う)340号 判決 1952年12月26日

控訴人 被告人 田中常一 外一二名

検察官 杉本伊代太関与

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

被告人等(但し射場被告を除く)の弁護人三浦強一、丸茂忍、射場被告の弁護人田村虎一の各控訴趣意は記録編綴の各控訴趣意書記載のとおりであり、検察官の答弁は記録編綴の答弁書記載のとおりであるから茲に各これを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

一、弁護人三浦強一、丸茂忍連名の控訴趣意第一、三、四点同丸茂忍の控訴趣意第一、三点同田村虎一の控訴趣意について

競売又は入札において競争者が互に通謀して或る特定の者をして契約者たらしめるため他の者は一定の価格以下又は以上に入札しないことを協定するいわゆる談合行為の不法性、可罰性については従来より議論の存したところであつたが、昭和一六年の刑法改正に当り新たに現行刑法第九六条の三の規定が設けられ立法的に解決を見るに至り、その結果談合は本来それ自体において競売又は競争入札制度の本旨と相容れないものがあるけれどもその内容の如何によつては必ずしも注文者に財産上の損害を及ぼすものとは限らず、一面業者の正当な利益をも擁護するためすべての談合を以て不法性、可罰性があるものとはせず、たゞ国家又は公共団体はその特殊の性格と事情から一般業者を相手方として契約を締結せんとするに当つては競争入札の方法によらざるを得ない場合が多々あり、これによる不測の損害を避け公務の適正を期する必要があるところから特に公の競売又は入札における不正の談合即ち公正な価格を害し又は不正の利益を得る目的を以てした談合に限り可罰性を認め然らざるものは処罰されないものとせられたことは右立法の経過等に照し明らかなところである。

以上のように前記刑法第九六条の三第二項は競争入札制度を認める前提の下に国家又は公共団体の行う競争入札においてこれに不利益を及ぼす虞のある不正の談合を禁止し、処罰せんとするの法意であることにかんがみるときは、同条項にいわゆる公正なる価格とは、つとに大審院判例(昭和一七年(れ)第一五九七号昭和一九年四月二八日第三刑事部判決)の示すとおり入札の観念を離れ一般物価水準により測定される客観的適正価格を指すのではなく、入札における公正なる自由競争によつて形成される落札価格即ち当該入札において当該談合がなかつたとせば当然到達されたであらう落札価格を指すものと解しなければならない。従つて同条項に該当する談合であるかどうかを判定するには先ずその談合の具体的内容を明らかにしなければならない。

本件において原判決の認定した事実によれば、被告人等はいずれも昭和二四年五月二六日山口県玖珂郡和木村の施行した同村立新制中学校の新築請負工事の競争入札に際し、右入札指定者又はその代理人として判示金子旅館に会合し(但し被告人田中常一はその長男田中太一郎を出席させて指図した)右入札に関し、先ず親札を和木村の最高予定価格である金三百六十万円とし、いわゆる「せり出し」の方法で最も多額の談合金を提供する者を以て落札者と定める入札を行い、その結果談合金六十万円の入札をした明楽工業株式会社を以て落札者と定めその他の者は右親札の額より高く入札することにより落札者とならないよう申合せて談合したというのであり、そしてその翌日和木村役場における入札の直前、右明楽工業株式会社は被告人等一部の同意を得て更に前記談合金を四十五万円と変更すると共にその入札額も三百四十五万円と変更し、結局該工事は同会社に右金三百四十五万円で落札となつたが、右談合金は協定(請負契約締結と同時に先ず十二万円を平等分配し残額は第一回の工事請負金受領の際平等分配するの約定)に従い被告人等談合者間に分配されることゝなり、その第一回の分配金として滝野、岡村両被告を除くその余の被告人等は各自金五千円宛を取得した、(滝野、岡村両被告は右分配金受領前本件が発覚したため未受領に終つた)こともその挙示する証拠によつて認められるところであつて、記録を精査するも右事実の誤認は認められない。

以上の事実からして明らかなように、本件談合は単純に落札者のみを定め又は営業上適正な請負価格の維持等を目的としてなされたものではなく当初から談合金の取得を意図してなされたものであることが窺われるのみならず、右の談合がなかつたとすれば少くとも明楽工業株式会社としては金三百万円若しくは三百四十五万円以下で入札したであらうことも容易にこれを推測することができるものというべく、然るときは右の金額を以て落札となつたであらうことも疑う余地のないところであるから(和木村の最低予定価格はその定めがなかつたものである)、結局注文者である和木村としては本件談合によりその差額だけ不利益を蒙つたことゝなる筋合であり、且つ右のことは業者としてはた又前記「せり出し」の方法による談合の参加者として被告人等の当初から知悉していたところであることも勿論であるといわねばならない。そして被告人等が以上のような内容の談合であることを知悉し乍ら敢てこれに参加した以上右は正に前記同条項にいわゆる公正なる価格を害し又は不正の利益を得る目的を以て談合した者に該当するものと断ぜざるを得ないのである。

従つて原判決がこれに対し同条項を適用処断したのは正当であつて所論のような法令適用の誤はない。又同条項違反罪は同項所定の目的を以て協定(談合)をすることにより成立するものと解すべきものであるから、原判決はその説明においてやゝ簡略の嫌はあるけれども必ずしも所論のように理由不備であるとはいえない。要するに所論は前記同条項の解釈につき右と異る見解に立脚して原判決の事実認定ないし法令の適用を非難するものであつてすべて採用し難い。

二、弁護人三浦強一、丸茂忍連名の控訴趣意第二点について

原判決はその判示事実の認定証拠の一として「被告人等(被告人田中常一を除く)の当公判廷における各供述を挙示していることは所論のとおりである。ところで記録によると右は主として原審第十一回公判廷における同被告人等の司法巡査及び司法警察員に対する供述調書の任意性の調査等につき質問した際の供述を引用した趣旨であると解されるのであるが、右は何等所論のように原判示事実と相反する供述ではないのみならず、本件は右供述を除外してもその挙示する他の証拠を綜合することによつて優に原判示事実を認定することができるのであるから論旨は結局理由がない。

三、弁護人三浦強一、丸茂忍連名の控訴趣意第五点、同丸茂忍の控訴趣意第二点について

原審は被告人田中常一に対し訴因罰条の変更手続を経ないで正犯としての本件起訴につき教唆犯として処断していることは所論のとおりであるけれども、元来本件は原判決認定の事実によれば被告人田中常一はその長男田中太一郎と共謀して本件を犯したもの即ち右両名は共同正犯の関係に立つものであるにかゝわらず、原審はその法的評価を誤り教唆犯を以て擬律したに過ぎないものである。そして右の正犯と共同正犯とはその公訴事実は勿論構成要件においても同一性を失うものではなく、且つ記録によると検察官は原審第三回公判廷における冒頭陳述において右共犯の事実を明らかにし右の点に関する証人田中太一郎の尋問請求をなし、同第六回公判廷において同被告人並びに弁護人立会の上右証人尋問が行われたのであつて、被告人側としても実質的に防禦に支障を来たしたものとも認められないから、訴因変更の手続を経なかつたとしても、所論のような違法があるとは言えないし、又共同正犯として擬律すべきものを誤つて教唆犯として擬律した違法があるとしても右は判決に影響を及ぼすことが明らかであるとは必ずしも言えないから論旨は結局理由がない。

以上本件控訴はいずれもその理由がないから刑事訴訟法第三九六条により棄却すべきものとして主文のとおり判決する。

(裁判長判事 秋元勇一郎 判事 尾坂貞治 判事 高橋英明)

弁護人丸茂忍の控訴趣意

第一原判決は法律の解釈を誤り虚無の証拠により事実を認定し理由不備の違法あり破棄を免れないものと信ずる。

原判決認定によれば「(和木中学校新築)工事入札に関し公正の価格を害し且つ不正の利益を得る目的を以て申合せて談合した」ものとしてゐるが本件申合せをしたことは「被告人等二十数名の工事入札者の殺倒入札による無益な競争を避ける正当手段であつて公正な価格を害し又は不正な利益を得る目的の下になされた同意でないばかりでなく違法性の認識はないもの」である。

(1) 談合罪の目的 元来競争入札制度は複数の入札者を自由に競争せしめるのであり談合は常に自由競争に対して何等かの人為的な変更を加えようとする手段であるから談合の事実があれば唯それ丈でその談合が自由競争によつて形成されるであらう処の価格を害する目的の下になされたとの推定が許される従つて談合罪の要件としてゐる目的の意味を単に自由競争によつて形成される価格を害するものと解するならば談合即ち談合罪と言ふ結論になる本件原判決は此の意味に解して居られるらしい然し乍らそれでは刑法が談合罪の要件として特に一定の目的を掲げたことは意味のないことになる果して刑法に於て無意味な規定を定めたのであらうか。以下立法経過からと談合の合理性から考へてみたい。

(イ)立法経過 言ふ迄もなく、談合罪の規定は昭和十六年法律第六一号により刑法を改正して新に設けられたものであるが、法律案としては「偽計若クハ威力ヲ用ヒ又ハ談合ニ依リ公ノ競売又ハ入札ノ公正ヲ害スベキ行為ヲ為シタル者ハ……」となつていたのであるそれを両院協議会迄開いて論議された末に現行法の様に修正して可決されたものである決して無意味な規定を定めたのではないのである。

(ロ)談合の合理性 競争入札に於て談合して不当な利慾をむさぶつてゐたものがあつたのは事実である之に対して従来は詐欺罪を以て律してゐたものである(判例は挙示する迄もないであらう)昭和十六年に刑法が改正されて談合罪の規定が設けられたのも支那事変進展して註文殺到するや悪徳業者が結束して不当な利慾を得る為業務遂行に支障を来すに至つた為である。処がその反面に於て(一)註文者と請負者の経済的の強弱等により優位にある註文者は(二)多数の業者を縦横に競争させ安く安くと価格を争わせ只管(三)落札価格の安からんことに努め請負業者としては之に対抗する為協定せざるを得ざるに至つた。之を本件について見るに(一)に該当する事項として社会状勢殊に岩国地方の請負業者の実情として終戦直後進駐車関係の緊急工事の為急激に業者の数増加し而も多数の労務者を抱へてゐたのがその工事も一段落し加之一般工事は発註されず物価も高く各業者は殆んど破産に頻してゐたのである(証人笠原五郎第九回公判の証言参照)。(二)に該当する事項として入札指名を受けたものは常識では六、七名の処を(証人笠原音五郎第九回公判の証言参照)二十一名而も設計書等も間に合はず三日前に地区毎に一葉位で各人に行亘つてゐないのである(証人村本梅雄第十回公判の証言参照)入札の最高価格は定めてあつたが最低価格は定めていなかつた(同右証人の証言参照)註文者は当初より競争する丈競争させようとしたのである(同右証人の証言参照)であつて放置すれば業者は無理な競争をせざるを得なかつたのである落札価格のせり下げに没頭し遂に仲間同志が無理な競争をし無理な落札価格を入れ無理に無理を重ねてその結果はわかり切つた損害から社会を毒し工事を害し我が身を破滅に陥入れる(証人笠原音五郎第九回公判の証言参照)こゝで業者がこの旧式な競争入札制度に対する為に業者相図り互に相戒めて互に一致して正しい価格を協定し(証人日野賢第五回公判証言参照)以て対抗するのが談合即ち協定である。註文者を欺いたり陥れる為に行うものでなく不当な註文者の安値競争を回避するため自覚した業者の行ふ節度ある対抗手段である。之をドイツの判例に見れば一九〇八年に「公告に基いて工事を最低価格の申込者に落札さすことが国家地方団体に於て慣例となつて以来これがために濫せらることに至つた無制限な競争が入札不当な価格の申込により手工業の階級に重大な危険を醸成した」と論じて競争入札制度を自分にのみ有利にせんとすることが弊害を生ずるに至つたことを指摘し「この危険を絶滅せんとして適当な価格を維持することを目的とする請負業者間の協定は原則として許さるべきものである蓋しこの協定は健全な経済政策の見地から見て承認すべきものであつて善良な風俗に反するものではない」として合理性を認め「申込の適正であるかどうかを審査裁定することは一つに官庁に自由に委ねられてゐるところであるから……欺瞞の事実があろうかどうかを考慮する必要がない」と詐欺論を否定してゐる(牧野良三氏『談合に関する研究資料』参照)。

以上何れの点よりも談合には罪となるべきものと然らざるものがあるのであつて刑法談合罪の目的は無意味な規定ではなく特に「各自が採算を無視しない限度で行はれる公正な自由競争による形成価格の変更を目的とする場合に限つてこれを犯罪とする」趣旨と解せられるのである。

(2) 公正な価格 前述の趣旨より公正な価格とは公正な自由競争によつて形成される価格即ち入札者各自の個別的経済事情の不同から種々な主観的価額が存在することを前提として入札者をして夫々各自の採算を無視しない限度で落札価額を争はしめそこに現はるべき入札施行者に最も有利な落札価格を言ふべきである。従つて本件に於て被告等に公正価額を害する目的があつたと断ずるには被告人が公正な自由競争が行われるならば形成されるはずであらう価格を故ら引上げようと言ふ意図の下に入札価格について協定されたことを証明せねばならない而して右の目的は被告人等が談合に際して自己の経験から公正な自由競争が行はれたならば落札するであらう価格を認識してゐるが少くとも自己を含む入札者の入札予定価格中談合によつて協定される価格より低い価格があることを知つていることを前提とするものである(昭和二十六年五月四日岡山地方裁判所刑事第二部合議部宣告の被告人高杉弁四郎外三十八名に対する判決参照)。

(イ)本件に於て落札価格を金三百六十万円に協定したことは争はない然し乍ら右協定を為したる者等が談合するに際つて各自公正な自由競争があればその落札価格が幾何に落付くと見込んでゐたかを知る何等の証拠がない更に各入札予定価格を知つてゐたか否かについても何等の証明がない。

(ロ)元来本件については入札指名者全員が会合してゐない。刑法に所謂談合に為さんとしても為し得なかつたものである。(一)金子旅館に指名者全員が集合してゐなかつたのみならず滝野道助、神尾徹生等は集つた者の内にも丸を書いたものや白紙を出してゐたことは証人村本梅雄第十回公判及同林雅樹第六回公判の証言等により明瞭である。(二)尤も全指名者が集らずともその集らない者が協定価格より高く入札すべきことが予見せられる場合或はその不参者が入札を棄権すべきことが予見せられる場合に於ては全員集まらずとも談合罪に所謂談合を為し得ないこともないであらうが本件に於てはその何れも証明されてゐない。

(3) 不正なる利益 談合罪は競争入札制度を前提としている規定であるから談合罪に所謂不正な利益とは競争入札制度より考へれば入札上の公正な価格を害することによつて得られる差益を言ふものと解せられる従つて所謂歩競りもそれが公正な価格を害することに関連しない限りそれ自体で不法性を有するものではない即ち歩競りをしたと言ふことから直ちに被告人に不正な利益を得る目的があつたと断ずるを得ない被告人が談合によつて公正な価格を害して落札価格を吊上げてその差益を利得しようとの意図によつて協定した事実が証明されねばならぬ(前引用判決参照)。

(イ)本件に於てせり出しの方法で金六十万円の入札をしてゐる然し乍ら談合によつて公正な価格を害してその差益として得る目的は証明されてゐない。

(ロ)会合者に分配する定めもない。尤も被告人等(被告人滝野道助及岡村繁郎を除く)には金五千円宛支払はれてゐるがそれは不正な利益の分配として支払はれたとの証明はない寧ろそれは見積等の補償として支払はれたと見るべきである(証人笠原音五郎第九回公判の証言参照)。

以上全被告人に就いて刑法の談合罪の談合の犯罪構成要件たる目的の証明はなく原判決は「……和木村当局が……公正な工事請負価格を形成しようとする既定方針の遂行を実現不能に導入することに帰着する……」としてゐるが和木村当局の方針が不当な競争をさす目的があつたのであり之に対抗する協定をしたに過ぎないのであつて此の点に於て法律の解釈を誤り虚無の証拠で認定し理由不備なるものである。

第二原判決は法律の解釈適用を誤り破棄を免れないものと信ずる。被告人田中常一は金子旅館に集合してゐないのであるが之について同人の子田中太一郎が集合してゐることを以て「田中太一郎を参加させ同人を教唆して」として有罪としている。然れども右田中太一郎が有罪として処断され居らざることは顕著なることであり教唆犯は勿論本犯に従属すべきものなるに本犯処断されざる本件について教唆犯を処罰するは法律の解釈適用を誤つたものと言はざるを得ない。

第三原判決は事実の認定を誤り破棄を免れないものと思ふ。被告人滝野道助、同神尾徹生、及同古江勇一は申合せ(談合)の意思すらなかつた。されば交際上金子旅館には集つたがせり出しに当つては〇を書くか或は白紙を出してその意思のないことを表明してゐる(各被告人の供述及証人林雅樹第六回公判の証言参照)。事実を誤認したものと言はざるを得ない。

弁護人三浦強一 同丸茂忍の控訴趣意

第一点談合行為の要件欠如 原判決は、被告人等の談合を以て刑法第九十六条の三に問擬し、有罪の所断をせられたのであるが、判示談合は、右有罪談合であるとすべき条件を欠如しているものである。(即ち、原判決の判示によつては、被告人等が、有罪であるとの結論は出ない。)その理由は次のとおりである。

一、判示談合行為について、刑法第九十六条の三の犯罪構成要件である、公正価額を害し又は不正利益を得る目的であることが、原判決に謳われているが、現実に、どのような公正価額が害せられたか、(即ち、犯罪時の公正価値は何であるか。)及び、どのような不正な利益を得ることに、現実の認識を有したのであるか、ということについて、示していないのである。周知のように、いわゆる談合行為は、請負業者、納入業者間にむしろ、公然と認められているところであり、大審院判例も嘗て、談合は罪を構成しない旨を判示したところである。(大正八年二月二十七日判決)昭和十六年の刑法改正に際し、政府原案が刑法第九十六条の三第一項として、偽計若くは威力と共に、談合をも、同条第一項中に、込めて立案したのに対し、議会において、この条項の中から談合を引き離し、談合は、偽計、威力と異り、常に違法性を有するものでなく、『公正なる価格を害する目的』がある場合、又は『不正の利益を得る目的』がある場合に初めて、犯罪を構成するものとすべき修正案が可決せられたのであつて、適正の価格を維持しようとして為されるもの、又は少くとも、公正価格を害する目的でなく、特定業者のための援護譲歩として為されるもの等、その社会見解上、違法性があるとせられない実生活の必要に基くものについては、談合といつても必ずしも、罪を構成するものでないことを明瞭ならしめたのである。(安中政吉氏著「改正刑法各論」下巻、昭和二十五年七月版三四九-三五〇頁、牧野英一氏著「刑法各論」上巻、昭和二十五年六月版四九-五一頁)。従つて、談合を違法とし、同条の罪に擬するのには、何が「公正なる価格か、」又は「不正なる利益か」を判断し、これを談合との比較において、初めて、為し得ることであつて、単に、談合の動機としての価格侵害及び、不正利得を示しただけを以つては同法条の犯罪構成要件が現実に充たされたということはできないのである(安平氏前掲書三五〇頁)。原判決においては、当時の公正価格と、談合価格との関係ならびに、被告人等が金六十万円を領得したのであるとして、夫れが、不正な利益である所以について、又それらの事実関係について、被告人等が、これを認識したものであることについて、毫も、これを判断判示せられるところがないのであつて、これでは、本罪の成立を肯定することはできないのである。この点に関して、大審院昭和二十一年(れ)第九五七号昭和二十二年三月十二日第二刑事部判決(「刑事判例集」第二十六巻第一号二三頁)を引用する。

二、単純な談合であつて、公売入札に対して現実の接続のない場合は、いわゆる談合行為の予備であつて、未だ、これを入札妨害罪の成立があるとすることはできない。およそ、談合が違法であるのは、この行為が公入札の価格を害し、又はこれに基いて、不正の利を貪るところに存するのであつて、現実の公入札における法益の保護を目的とするものであることは、この罪が「公務ノ執行ヲ妨害スル罪」(刑法第五章)とせられることによつて、明らかである。そうであるから、談合ということは、啻に、談じ合いをすることだけで、可罰性を帯びるに至るのでなく、その談じ合いの結果を、現実の公入札に連結し、談じ合いの結果落札者となるべき者が、低額入札をし、他の者がそれよりも少い額の入札を行い、若くは入札をとり止めたことは、或は、全員が入札を行わず、ために、公入札の執行を害したというように、談合の結果、公入札に対して何等かの行為をし、又はしなかつたことを必要とするものであつて、いわゆる談合は、このような公入札に対する行為不行為を包含する一連の行為を指称するものに外ならない。このことは、刑法第九十六条の三第一項と第二項との条文関係から見て談合が公入札と切離して考えるべきものではないことが明らかに知られるところである。(「談合」は入札する業者ひとかたまりとなつて入札にあたる。即ち、「だんご」「団子」という意味から生れた業者間に用いられた呼称であるが、これが転化して「談合」となつたものであつて、申し合わせということでなく、むしろ、一団となつて、公入札にあたるというところに、いわゆる談合の本質が存している。)そうであるのに、原判決を見るのに、被告人等は、『昭和二十四年五月二十六日に……執行せられた……競争入札指定者となつたものであるが……』昭和二十四年五月二十五日判示の『申合せ「談合」をしたものである。』とせられているのであつて、同月二十六日に行われた入札に対して、判示申合は、どのような関係に立つたものであるか、その連鎖関係は、何等示されるところがなく、両者は判示によれば無関係であつて、只被告人等が「申合せ」をしたことが談合であるとして、これに対し刑法第九十六条の三の罪の成立を判定せられたものである。そうであるとすれば、原判決においては、談合についての予備行為である申合せを以て、談合であると即断せられたのであることに帰するものであつて、原判決のいわゆる談合は罰せらるべき談合としての要件を欠如するものであることが明瞭である。

以上の次第であつて、原判決の判示事実は、談合でないものを談合であるとしたものであるか、或は、談合というのには、その談合であることの事実の説示に欠けるところがあるか、何れにせよ、これでは、被告人に対し有罪を言い渡すことができないのであつて、原判決は、当然破棄せらるべきである。

第二点証拠法則違反 原判決が、その判示競売入札妨害の事実について、これを立証する証拠として、『被告人等(被告人田中常一を除く)の当公廷における各供述』を挙示せられたのであるが、原審での各被告人の冒頭陳述において、すべて、或は、申合せに加はつておらず、或は、申合せに従つたのでなく任意自由な入札をしたものであり、或は申合はせの内容は知らないとする旨を陳述し、その後の公判においても亦、その供述は、これらに準じているものである。従つて原判決が、これらの供述を採つて、判断するとすれば、判示のような認定を生ずべきでないことが明らかである。そうであれば、原判決は、原審公廷での被告人等の他の供述について、採証したのであるか、又は前示の供述を歪曲し、採証法則に反して、犯罪事実を認定したのであるか、原判決の「証拠の標目」という判示によつては、毫も、原審の適正な採証経過の存することを知ることができないのである。証拠の表示については、必ずしも、判示事実に照応する証拠を、一々具体的に説明し、若くは、挙示することを要するものではないが、しかし、判示事実と標示の証拠とを照合するとき、却つて、反対の事実が論証せられるような、判決の措置は、つまり、証拠を示さないこと、若くは、それ以上の瑕疵をもちものといわなければならない。そうして、原判決が、このことを侵しているものであることは、右述べるところであるから、原判決はこの点において破棄を免れないと思料するものである。

第三点事実誤認 原判決においては、被告人等の判示申合せが、公正の価格を害する目的で為されたものであるとして、その入札価格を三百六十万円と協定したものであると判示せられたのである。そうであるから、五月二十六日の入札が金三百六十万円で行われたとすれば(原判決は、入札実行の有無は、犯罪の成否に関係がない、とせられるようであるが、その話はしばらく、別とする。)そこで、その、三百六十万円が、公正価格を害するものであるとすべきものであつて、原審も、その見地において、談合罪の成立を認めたものと謂わなければならない。そうして、本件における、実際の入札を見るのに、入札せられた価格は金三百四十五万円であつたとすべきであつて、判示三百六十万円の入札の行われたとすべき証拠は、原判決挙示にかゝるものは勿論、全記録を通じても、これを徴すべきものは存しないのである。金三百四十五万である事実については、記録第一冊第二三九丁(証人倉内)第二四一丁、第二五〇丁(証人村本)同三〇八丁(岡本)第二冊二四九丁、第六四四丁(松江)同三九七丁、同六四七丁(杉山)同四一四丁(射場)同六一九丁、同六四〇丁(田中常一)同六二一丁(広浜)同六二五丁(岡村)同六二九丁(古江)同六三二丁(神尾)同六三四丁(田中瑞穂)同六四七丁(相良)同六五〇丁(吉田)等参照。しかも、工事請負の価格であるから、低額であれば、ある程公入札による注文者の立場は有利となり、公正価格を害することの違法性が減じ、若くは、消失するのであつて、三百六十万円が、たとい、公正価格を害したとして、それでは、三百四十五万円ではどうかということについては、更に、別の判断が為さるべきであり、その結果、三百四十五万円ならば、公正価格を害しないとの結果を生ずるかも知れないのである。そうして、また、金三百四十五万円の金額は、予算を下廻わつていた事実があり、(原審証人村本梅雄調書「記録第一冊第二百四十一丁」参照)益々、判示入札は、公正価額を害していないことを推定しなければならないのである。そうであるとすれば、原判決は談合における価格協定に関する金額を金三百六十万円として認定し、この基礎に立つて、不法談合成立を判定せられたのであつて、原審は、おそらく、この点の基礎事実について、誤認が存するのであると考えるのに十分の理由が存する。そうして、この事実の誤認は判決に影響(犯罪の成立要件及び犯情について、消長を来すものである。)を及ぼすことが明らかであるから、原判決は此の点において、破棄せらるべきものである。

第四点不正利益の事実誤認 原判決は、判示申合せは「不正の利益を得る目的を以て、一定の者を落札者にするため、親札を三百六十五万円と協定し」た旨、判示せられたものであるが、(一)単に親札を一定し、落札をきめ、申合せをなした他の者が、分配金に預ることが、それだけで、既に不法利益の獲得になるとすれば格別であるが、刑法第九十六条の三第二項に、いわゆる「不法利益」は、競売入札を害することによつて、かくとくする利益、を指称するのであつて、競売入札をしないことは、各人の自由であり、各人が競売入札をしないことを申合せ、それに関して、利益の収受を約することは是亦、各人の自由に属するものであることは当然である。只それが、公の競売入札を害することに関係がある場合これに基く利益の取得が不法となるに過ぎないのである。そうして、本件記録のいずれを見ても、本件競売入札を害すること(即ち入札価額の公正を害し、入札に対する不法妨害者に対して、利益を与え、又は、これに協力するによつて利益をうける等)に関する利益の授受であることを、見るべき何等の事跡も立証も存しない。却つて、適正な価額による入札をするのではあるが、その入札者について、小企業者を援護する為に小企業者をして、落札を得さしめることを申合せ、その間、真に自由な意思に基く、とりきめをしたものであることを覗視することができるのである(証人倉内道治証言「記録第一冊第二百三十八丁」)。そうであるとすれば、原判決が判示申合せにおいて、親札を三百六十万円と協定したことを以て、不正の利益を得る目的であるとせられたのは、判示申合せが、分配金をうけることを内容とするの故を以て、それ丈けで、不正利益を目的とするものとせられた結果であつて、畢竟、犯罪構成の要件にかゝわる事実について、誤認に陥つたものというべきであり、原判決が、そのような事実に基いて、被告人等に有罪の言渡をせられたのは違法であり、破棄を免れないものであると思料する。

第五点不告不理違反 起訴状によれば、被告人田中常一についても、他の被告人と同じように、自ら共謀して判示談合に関与したものであるとせられ、この起訴事実に基いて、弁護権(防禦)が行われたものである。しかるに、原判決においては、訴因の変更がないのに、同被告人は田中太一郎を教唆して、判示談合に参加させたものであるとし、この教唆行為に対して、有罪判決を宣告せられたものである。自ら犯罪構成の事実を充足する行為と、これを他人に教唆する行為とは、自らその意思発動の形態と、その意義とを異別にするものであつて、前者を指摘して、これを公訴の対象としてこれに対する被告人の訴訟上の防禦をつづけて来たのに対し、判決において、突如として後者の犯罪事実を認めるのは、被告人をして防禦の機会を奪うものであつて違法と謂わなければならない。そうであるとすれば、原判決は刑事訴訟法第三百七十八条第一項第三号に該当し、破棄を免れないものであると思料する。

広島高等検察庁検事杉本伊代太の答弁

第一、刑法第九十六条の三第二項に所謂『公正なる価格を害し、又は不正の利益を得る目的を以て』の解釈について昭和十七年八月三十一日言渡東京刑事地方裁判所入札妨害被告事件(判例体系八六頁の五)に於ては「本条に所謂公正なる価格とは、公正なる自由競争に依り形成せらるべき落札価格を謂うものなれば、右価格以下にて落札せんと談合するは公正価格を害せんと図るに外ならず。法律の適用に付按ずるに、昭和十六年法律第六十一号に依る改正刑法第九十六条の三第二項に所謂公正なる価格は、畢竟公正なる自由競争に依りて形成せらるべき落札価格を謂うに外ならず、惟うに統制経済の下に於いても、入札競争者各自の個人的経済事情は総て均一なりと謂う可からず、況んや一人の甘ぜんとする薄利の限度は必ずしも他の堪ゆる所に非ざるをや、従て各自の個別的経済事情を基礎とし等しく採算を無視せざる限度に於て落札価格を争はしむるに於ては、其の間自ら不同を生ずべきこと固より当然にして、其の入札施行者に最も有利なる価格を採りて公正価格と為すべきは、競争入札制度本来の趣旨に鑑み多く疑を容れざる所に属す。即ち入札上の公正価格は夫々の販売者各自の個別的事情に拘泥せずして、専ら平準的価格を求むる物価統制上の所謂適正価格の類と其の本質を異にし、又入札施行者が落札を肯せんとする極限を示す内部の予定価格と合致せざるを以て寧ろ常態とすべし、此の如く公正なる自由競争の結果形成せらるべき入札者に最も有利なる価格を以て公正の価格と為す所以は、元来経済界の事情に疎きを常とし、又利害の直接其の身に及ぶことなき個々の当局官公吏をして、国家公共の公産処分に過誤失態なからしめ、延いて国民一般の為めに謀りて忠ならんとするに外ならず、固より入札者を犠牲として国民と没交渉なる国家独り利得せんと欲するが如く妄断するを許さず、而して自由競争の結果国家の標榜する物価政策を攪乱せんとするに至らば、国家は須らく自制すべきこと論勿しと雖も此の如きは固より本件に不通の論にして、前認定の如く被告人等が本件に於て自由競争の結果形成せらるべき価格以下に於て入札物件を落札せんと図るは、畢竟入札上の公正価格を害せんと図るに他ならず。而して因て生ずべき差益を談合者間に分配せんと企つるが如きは、改正刑法の前掲条項に所謂不正の利益を得んと謀るに外ならざること亦多言を須いず」と判示され、昭和十九年四月二十八日言渡大審院第三刑事部入札妨害被告事件(昭和十七年(れ)第一五九七号)に於ては「公正なる価格とは入札なる観念と離れ容観的に測定せらる可き公正なる価格にはあらずして、飽くまでも競争入札なる観念に伴つて思考せらるを要し、当該入札に於て当然到達しうべかりし落札価格を指称するものである。即ち公正なる自由競争に依つて形成せらる可き落札価格の謂に外ならない」而して「右の様な落札価格を害する目的を有せざるに於ては、仮令他の入札希望者に於て別な特殊事情の下にある入札希望者と談合を遂げ、何等かの対価を求め、若しくは求めずしてその価格以下の入札を為さる可きことを約するも、之を処罰しない趣旨である」と判示されておる。

右判決は曾て統制経済下に於ける停止価格のある物資の最高限入札制度の下に行われた談合入札に関する見解であつて自由主義経済の下に於ける最低限落札制度にそのまゝ適用せられるべきものではないと思料するけれども、本条項が公務執行妨害の章下に規定され、保護法益は疑もなく国家公共団体の利益であつて指名競争入札者たる業者の個人的利益ではないから所謂公正なる価格の解釈としてはこれを採つて以つて大いに参考とするに足るものと思料する。

小野清一郎著「刑法講義各論」二六頁には「談合とは競売又は入札に於ける競争者間に於いてあらかじめ相談を行いその或る一人に競落又は落札せしめる様に合意約定することを謂い、公正なる価格とは、公正な競争に依り成立するであろう価格を謂うものと解される。私見に依ればそれは詐欺罪には該当しないがしかし競売入札制度に依る公正なる価格形成を妨害するものとして特殊の処罰規定を必要とするので改正法に依りこの必要が充される事となつた」と説かれ、江家義男著「刑法講話」一四九頁には、「公正なる価格を害し、又は不正の利益を得る目的で談合すると謂うのは競争入札に際して競争者の全部又は一部が適正な競落価格を害し又は不当な利得をする目的で互に相談し競争入札の事実がないのに拘らずこれある如く装うことである。大審院の判例は詐欺罪にならぬとしたのであるが、昭和十六年の改正に依り公の入札に関する限り公務執行妨害罪の一つとして処罰されることになつた」と説かれ、滝川幸辰、宮内裕、滝川春雄共著「刑法」一三二頁には「公正なる価格を害し又は不正の利益を得る目的は、主観的違法要素である。公正なる価格とは、公正な競争で成立するであらう価格を謂う。この目的のない談合は不可罰的である。談合とは競売入札に於て競争者間であらかじめ落札者を協定することである。従来これは入札者が相互に競争することをさけてあらかじめ協定で落札者を決定し落札者が協定参加者に利益を供与するという様な形で行われていた。注文者に対する一種の欺罔行為であるというので問題にされた。判例は詐欺罪でないという態度を示していたが公の競売、入札については本条に依り可罰的である。合意の成立で行為は完成する。」と説かれ、牧野英一著「刑法各論」上巻四九頁には「本条項は不正の利益を得る目的のほか不正の損害を人に加える目的をもつてする場合も亦これに含めて考えるべきであらう」と説かれている。

畢竟学者の見解に於ても所謂「公正なる価格」及び「不正の利益」の解釈に就いては前記判決の説示の域を出でず又その説示の趣旨に反するものではないと思料する。

前記判決及び昭和二十六年五月四日岡山地方裁判所が談合入札及び同幇助被告事件について言渡した判決並に学者の見解を綜合するに所謂「公正なる価格」とは公正なる自由競争によつて形成せられるべき落札価格を指称するものであつて入札という観念と離れて客観的に測定せられるべき公正なる価格でもなく又それぞれの指名競争入札者各自の個別的事情に拘泥せずに一般物価水準、平準的労賃等から割り出される所謂適正価格の類ともその本質を異にするものであることが解り入札施行者が肯んずるであらう落札予算額とも合致しないのが寧ろ常態であろう。

統制経済下に於ても自由経済下に於ても競争入札者各自の個人的経済事情は夫々異なるべきである。材料代、労賃、見積費その他の経費、各自の納得又は希望する利益額等を加算した合計額は、競争入札者各自の個別的事情で個々別々に相違があるのが当然であり、各自の採算を無視しない限度で自由な入札を行わしめる場合にもその入札価格は絶対にとはいわないがほとんどの場合一致を見ることはないものと考えるのが常識上当然である。尤も一部業者の中には、従来からの雇傭労務者を手放すことを好まなかつたり或は請負業者としての名誉心、信用心等から工事を行うことを希望する等兎に角請負事業を維持継続する為平たくいえば仕事をもつ又は続ける為に採算を度外視又は軽視し極端な場合に於ては多少の損失を覚悟してもその工事を請負わんが為入札価格を決定する場合も絶無ではなかろう。かように採算を重んずるものと採算を度外視又は軽視して入札を行うものとを問わず公の入札に際して当該工事を誠実に実行する意思をもつ限りその競争入札は公正なる自由競争による入札といわなければならない。入札施行者たる国家又は公共団体としては右の様な意味に於ける公正なる自由競争による入札の結果自己に尤も有利な条件で請負を希望乃至肯んずる者に対し落札せしめんとするものであり公正なる自由競争による入札の結果落札されたであろう価格を害する目的に出た談合は刑法第九十六条の三第二項前段の構成要件を充足するものであると信ずる。

次に「不正の利益」の意味について丸茂、田村両弁護人の控訴趣意書には入札上の公正な価格を害する事によつて得られる差益をいうもので所謂歩競りもそれが公正な価格を害することと関連しない限りそれ自体に不法性を有するものではないとの見解が示されており、右見解は前記岡山地方裁判所判決に示された見解と同一であるがもし斯くの如く解するならば公正なる価格を害する目的で談合したものは常に悉く不正の利益を得る目的があるものとなり刑法第九十六条の三第二項後段の規定を待たずして構成要件を充足することとなる。(所謂談合金分配の約定の有無又は談合場参集の有無其の他の状況により或いは共同正犯となり或いは従犯となる場合のあることは別である。)然しながら同条第一項の前段と後段とは明らかに区別されておるからこれは別々の構成要件を規定したものと解するのが文理解釈上正しいものと信ずる。即ち同規定には公正なる価格を害し又は不正の利益を得る目的をもつて談合したる者亦同じとなつており公正なる価格を害し且つ不正の利益を得る目的をもつて談合したる者亦同じとは規定されていないのである。

参考のため本条項成立の経過を調べてみると左の通りになつている。第七十六回帝国議会に昭和十六年二月六日政府原案提出政府原案「第九十六条の三、偽計若くは威力を用い又は談合により公の競売又は入札の公正を害すべき行為を為したる者は二年以下の懲役又は五千円以下の罰金に処す」昭和十六年二月十九日貴族院に於て右原案を可決したるに拘らず同年二月二十七日衆議院に於て「又は談合により」を削り第二項として次の様に附加した。即ち「公正なる価格を害する目的を以て談合したる者亦同じ」とした。貴族院に於ては衆議院の右修正案には同意せず両院協議会を開催した。同年二月二十八日右の両院協議会に於て第九十六条の三第一項は衆議院議決の通りとし同条第二項を次の様に修正した。即ち「公正なる価格を害し又は不正の利益を得る目的を以て談合したるもの亦同じ」とし右両院協議会の成案を両院に於て可決した。同年法律第六十一号を以て公布、同年三月二十日より施行勿論談合には公正なる価格を害し、即ち不当に公正な価格を競り上げ又は競り下げてその差益を得る目的でなす場合が寧ろ多いであろうし、本件起訴の対象になつた競争入札も左様な形態を採る談合であるが、不正の利益を得る目的のみをもつて談合し公正なる価格を害する目的を有せざる談合又はその逆の談合もあり得べき筈であり、牧野博士はその著書に於て不正の損害を人に加える目的をもつてする談合も本条項に含まれるとの見解をとつていることは前記の通りである。前記東京地方裁判所の判決には公正なる価格を害することによつて生ずべき差益を談合者間に分配せんと企てる如きは不正の利益を得んと謀る行為にほかならないと説示しているけれども不正の利益と公正な価格を害することによつて生ずる差益とは常に必然的に相関連するものであるとは説示しておらないのである。

第二、本件の事実関係中の要点。本件和木村村立新制中学新築工事の建築予算額は三六〇万円であり、本件競争入札は指定を受けた者のみによつて行われた所謂敷札のない入札であり、その結果は明楽工業が三四五万円で落札したものであることは各被告人等の司法警察員及び検察官に対する供述及び証人村本梅雄の検察官に対する供述並に公判の証言(記録二四〇丁二五〇丁)により間違いのない事実であるが、本件入札にあたつては他の公共団体の施行する工事請負入札の場合にも屡々ある様に入札施行者たる和木村の新築工事予算額三六〇万円が既に入札指定者側に洩れていたものである。それは被告人等の司法警察員及び検察官に対する供述調書により明かである。被告人等は被告人等の中のあるものをしてこの工事を三六〇万円に落札せしむる事を申し合せて協定し、右三六〇万円の落札金額から最も多額の談合金を提供するものを落札者とするために談合金についての入札を行つたものである。談合金入札については被告人田中常一の子太一郎は父常一の指示により五〇万円(記録四七三丁及び六一九丁)の入札、被告人広沢貞道は〇印即ち談合金を出さない意味の入札(記録四八二丁)被告人和田隆康は一五万円(記録四九五丁及び六二三丁)の入札被告人岡村繁太郎は三一万六〇〇〇円(四九九丁及六二五丁)の入札被告人滝野道助は〇印即ち談合金を出さない趣旨の入札(記録六二七丁)被告人古江一男も同じく〇印即ち談合金を出さない趣旨の入札(記録五一七丁及び六二九丁)被告人神尾徹生は白紙即ち談合金を出さない意味の入札(記録六三一丁)被告人田中瑞穂は二〇万円の入札(記録六三三丁)被告人広中清太は〇印即ち談合金を出さない趣旨の入札(記録六三五丁)被告人増田正一は一二、三万円の入札(記録六三七丁)被告人射場光夫は一五、六万円の入札(記録六三九丁)被告人松江利夫は二〇万円の入札(記録六四三丁及び五七九丁)被告人杉山光蔵は五〇万円の入札(記録五二九丁及び六四五丁)倉内道治は六〇万円の入札(記録二三五丁及び右列記の談合金入札者の検察官並に司法警察員に対する供述調書即ち記録中各指摘部分参照)を夫々行つたものである。そして結局最高額六〇万円の談合金入札をした明楽工業に三六〇万で落札せしむる協定が成立したのである。金子旅館に参集して右協定をしたもので明楽工業以外の入札指定者の入札金額は林雅樹が紙に書いて配り、夫々指示したものである。(被告人和田隆康の司法警察員に対する供述調書記録四九五丁及び被告人射場光夫の検察官に対する供述調書記録六四一丁参照)そして談合金六〇万円は建設協会に対する寄附金と諸費用を差し引き残額を入札指定者に分配することとし工事契約の時一二万円第一回の工事費支払の時その残額を分配することに約定されたものである。(被告人岡村繁太郎の司法警察員に対する供述調書記録四九九丁及び被告人和田隆康の司法警察員に対する供述調書記録四九五丁参照)そして右談合金の分配については日野賢が責任を以て履行すると言明したものである。(被告人滝野道助の司法警察員に対する供述調書記録五一〇丁参照)ところで入札日に明楽工業が予算の都合で三四五万円に入札し談合金は四五万円にするという話が出てそれを了解した被告人杉山光蔵は三四八万円に入札(記録六四五丁)し同じくその話を聞いた被告人岡村繁太郎は三六八万五〇〇〇円に入札(記録六二五丁)し、同じくその話を聞いた被告人田中常一は三五一万五〇〇〇円に入札(記録六一九丁)しその情を知らない被告人広沢貞道、同和田隆康、同滝野道助、同古江男一、同神尾徹生、同田中瑞穂(但し田中は明楽が少し入札額を下げるかも知れぬという話は聞いていた)同広中清太、同増田正一、同射場光夫、同松江利夫は夫々順次三九九万円、三八二万円、三七〇数万円、三九八万円、四一〇万円、三七七万円、四二〇万円、三八五万円、三八〇万円余り、三六九万円に入札したものである。(記録六二一丁、六二三丁、六二七丁、六二九丁、六三一丁、六三三丁、六三五丁、六三七丁、六三九丁、六四一丁、六四三丁各参照)本件被告人等の中前記の様に談合金入札について〇印又は白紙の入札をした者は協定落札金額三六〇万円又はそれ以上の金額で落札することを希望したものであるかも知れないが、談合金入札に当り金額の記載をした者は所謂親札三六〇万円より右談合金入札金額を控除した金額を以て落札を希望したものと認めるべきであり、そうすると金子旅館に参集した入札指定者又はその代理をして自由公正な競争入札を行わしめたならば六〇万円の談合金入札をした明楽工業が三〇〇万円で落札したであろうことが推測できるのである。本件被告人等は共謀の上六〇万円の差額を以て公正なる価格を害する意図をもち、落札金額を協定談合したものであることは疑のないところである。而して同時に右六〇万円の中から協会に対する寄附金等を控除した金額を分配する意図、即ち不正の利益を得る目的(会費等も不正の利益に含まれると解する)を以て協定談合したものと見なければならない。

第三、指定入札者全員が金子旅館に参集しなかつた事と談合との関係について、藤田信夫の司法警察員に対する供述調書(記録四六五丁)によると同人は五月二十五日岩国地区建設協会に行つたところ他の者が現在業者は金詰りであるから無駄な競争は止めよう現在工事をやつていて譲り合いの出来るものは手を引いてくれとの話があつて手を引くことを承諾して先きに引き上げ翌朝明楽から三六〇万円以上に入札してくれとの電話が掛り保証金六万円持参したが残余の保証金の工面が出来ないので助役に挨拶して帰つた。金子旅館には行つていない。六月下旬林から電話があり数日後沢井に自分の名刺を持たせて林から五〇〇〇円を受け取らせ沢井がその金を組に入れていたことを聞いたと陳述し検察官に対する供述調書(記録六一五丁)に於ては協会で日野から私の会社は運送が主だから手を引けと言われて手を引いたが前々から役場に相当運動をしていたので入札する積であつたのである。その後電話を聞いて原所長(喜徳)にいい同人が沢井をして林から五〇〇〇円を受け取らせた趣旨のことを述べているところから藤田は金子旅館には行かなかつたものであろう。三六〇万円以上に入札してくれということは高松惣吉で電話で聞いたものでそれを原か藤田に伝えたものである。(記録三二一丁)右によつて解る様に藤田信夫、原喜徳等は前々から役場に運動していたので指定を受けて入札する意思があつたのであるが日野等に手を引けといわれて引くことになり且つ明楽工業から三六〇万円以上に入札する様に申し向けられそれを承諾したのであるから仮に保証金の工面が出来て入札したとしても三六〇万円以上に入札したであろうことが想像されるのであり偶々保証金の工面が出来なかつたので入札をしなかつただけのことであり利害に鋭敏な業者である原や藤田が前日金子旅館で明楽工業に三六〇万円で落札せしめ六〇万円で落札せし三六〇万円の談合金を他の入札指定者に分配する協定即ち談合が遂げられたことを知らぬはずはない。又相良新は入札当日の朝佐伯郡大竹町八区の事務所で被告人増田正一から明楽工業に落札せしめることに協定された話を聞いているので談合の経緯内容は一さい承知しておるはずでありその趣旨に賛同して四〇二万円に入札したものと認めるべきである。(記録六〇〇丁、六四七丁、六五一丁各参照)又吉田幸造は談合の打合せには行つていないが代理として出席した竹山茂樹から翌朝事情を聞いて知つており談合の趣旨に賛同する意味に於て三九八万円に入札し後日林から五〇〇〇円を貰つたものである。(記録六〇八丁、六四九丁)右の様に談合場たる金子旅館に自ら参集しなかつた入札指定者といえども本件談合の内容は承知の上でその趣旨に同意したものであるから若し本件談合がなかつたとすれば明楽工業がこの工事について三六〇万円の落札金額より六〇万円の談合金額を差し引いた手取り三〇〇万円にても入札をする意図のあつたことを知悉していたのである。従つて公正な自由競争による落札金額と談合による落札金額との間には六〇万円の差額を生ずべきことはあらかじめ承知していたのである。そして被告人田中常一の如きは金子旅館に自らは参集しなかつたが息子の太一郎を出席させて電話で同人と連絡し同人を指図しておるのであるから一切の事情を承知していたものである。(記録四七九丁、六一九丁)金子旅館に参集しなかつた入札指定者も談合の内容を了知して同意しておるのであるから本件談合罪の共犯として刑事責任のあることは論を俟たない。藤田、相良は原審に於て無罪の言渡を受けておるが同人等も共犯者として当然刑事責任を負担すべきものであるが原判決当時現地検察庁より事件の内容を詳細報告して検事控訴の指揮を求めなかつたのでそのまゝになつておるにすぎない。

第四、談合落札金額と実際の落札金額との相違について。所謂公正なる価格の意味を公正なる自由競争により形成せられるべき落札価格と解し一般物価水準より見た客観的適正価格ではないと解する以上明楽工業が本件工事につき実際には三四五万円に入札して談合金四五万円を分配したい意図になり被告人岡村繁太郎同田中常一同杉山光蔵同田中瑞穂林雅樹日野賢等一部の者のみがこれを知り了解して他の入札指定者にまでその了解が伝り届かなかつたとしても本来明楽工業は本件談合がなかつたと仮定すれば三〇〇万円にても落札を希望したものである事情は他の入札指定者も知つておるのである以上そこに四五万円の差額を生ずるはずであるから公正なる価格を害し且つ不正の利益を得る目的を以て談合したものと認定するに毫も支障を生じないものと信ずる。本件の控訴趣意に対しては右記載の他公判廷に於て口頭を以て答弁を補充する考えである。

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